第1章

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 私は「寺内一馬」(てらうちかずま)。二十五になる。  もとは六浦藩にお使えしていた、下級武士の家だった。  私がふたつかそこいらの頃、父が亡くなって、何の後ろ盾もなかった私と母は、同じく下級武士の叔父の家に身を寄せていた。 しかし、そうそう長居も出来ず私が十になると、叔父の家を出て長屋暮らしをしていた。  十五の春。流行り病で母が逝ってからは、寺の和尚の手伝いで十人ほどの小さな「手習指南所」で子供達に教えるようになった。  数年後、私一人で賄うようになり、雇いではあったが日々食うには困らず、子供達からは「先生」そう呼ばれて呑気な暮らしだった。  武士としては落ちぶれてはいたが、そう腕の立つ訳でもない自分にはこれが似合いだと思っている。  毎日が大して変わらない日々だった。世の中の変化にも疎くなり、帯刀しているが町人と変わらない細々とした生活。こんな浪人風情に誰ぞ嫁など来るはずもない。それでも良かった。  今日も小さな「指南所」の庭から見える四季折々の景色を見ながら、子供達の相手だ。  「先生!おはようございます!!」  一番乗りの「清太」は大工の息子だ。大工の息子の癖に相撲をとらせたら、すぐに転がされる。しかし頭は良いし、字もきれいだ。 「おはよう。清太。毎日早いな」  こうした生活を十年繰り返しているが、たまに大人も来る。  町人や奉公人たちの中には、読み書きそろばんが出来ないものもいる。子供達が帰った後、時間が合えば教えるようにしている。    羊の刻になって、数人を残して皆帰っていったが、清太が文字を練習していた。 「先生。今日もよろしくお願いします」  一年前から文字を読み書きしたいと、町の小間物屋の下働きの「ふみ」がやってきた。        
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