第1章

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 ふみは、もともと農家の出で五つの時、奉公に来て下働きをしている娘だ。確か今年十六になる。  一年前、このくらいの時間にやって来て「読み書きが出来るようになりたい」と教えを請うてきた。わずかばかりの代金をもらう事にして、教えてやる事にした。  平仮名だけだが、随分文字も書けるようになり、簡単な本なら読めるようになったはずだ。 「もうだいぶ上達したな、おふみさん。手紙を書きたいと言っていたが書いてみたか?」  筆を運んでいた手が、ピクリと止まり動かなくなった。 「いや、いいんだよ。もし、お店(おたな)で書けないのならここで書いてもいいと思ったんだ。気にせず練習を続けてくれ」 「……はい」 そこに、清太がやって来てふみに話しかけた。 「おふみ姉ちゃん。上手になったね」 「ありがとう。清ちゃんのほうがうんと上手ね。私も清ちゃんみたいにきれいな字が書きたい」 まるで「姉弟」のように微笑みあう様は、見ていて和む。  清太には姉がいたのだが、二年前に亡くなった。清太には姉のように感じたのだろう。ふみが来た時から清太は懐いて、ふみの来る日はこうして遅くまで待っているのだ。  そっと手元を覗くと、今日はどうも筆が持ちにくそうだ。荒れてあかぎれだろうか、指先が割れて血が滲んでいた。  縁側に座って庭を眺めていた私は、ふみの隣の清太を手招きして耳打ちをすると、懐にあった貝殻に入った膏薬を清太に渡した。  清太はそれをふみに見せると耳打ちして、ふみがこちらを向いて小さく頭を下げ、貝殻を開けると指先に塗りこんだ。  清太に行かせた意味がないではないか――――。  気まずくなって、庭を向いたまま明日使う本を数冊めくってはしおりを挟んだ。  しばしそれを繰り返していると、ふみが近づいてきて紙を差し出した。 「先生、出来ました。どうしたらきれいな字になりますかね……」  出しづらそうに差し出した紙には形の整わない文字が並んでいた。 「気持ちさえこもっていれば良いし、読むに問題もない。大きさはそのうち整ってくるだろうさ。筆の持ち方も上手くなったじゃないか」  そう誉めると嬉しそうにほころんだ顔を見せてくれた。 「ありがとうございます。また明日伺います」
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