2人が本棚に入れています
本棚に追加
そう言って紙を胸に抱き締めると、鐘の音を聞き、踵を返して草履を引っ掛けて慌しく帰っていった。
仕事の合間に暇を貰ってきていると言う。下働きだから水仕事も多いのだろう。夏場はいいがこれからの時期は、ああして手が荒れるようだ。昨年来た頃も、指先が割れていたのを思い出し、数日前に町で膏薬を見つけて買ったのだ。
*****
早くお店に戻らないと!!そう思いながら町を必死に走った。
しっかり握り締めた紙には、不恰好な文字が連ねてある。
立ち止まり、折りたたんで、袖に入れると、指先に何かが当たった。
……お薬……。明日帰さなければ。
先程、筆を持ちづらそうなのに気がついたのか「先生」が膏薬を貸してくださったのだ。
こちらを気遣って清ちゃんに持たせてくれた。
小さい頃に、奉公に来てから読み書きができなくて、同じ下働きのお姉さんから「ここなら」子供でなくとも教えてくれると聞いて一年前にお願いに来た。
羊の刻位に、私が暇の取れるときお駄賃程度で教えてくれるいい、快く受けてくれた。そして行けば丁寧に教えてくれた。
先生はお侍さんだが、今は浪人なのだと言う。私は先生には刀より筆のほうが良く似合っていると思う。
血の匂いよりも、墨の匂いのほうがいい――――――。
お店に戻ると、小さい小間物屋とはいえ住み込みの者の夕餉の時間が迫っていた。急いで手を洗って、手伝いに入った。
「すみません。ただいま戻りました。ありがとうございました」
「おや、おふみちゃんおかえり。こっち手伝っとくれよ」
「はい!お姉さん」
お姉さんと呼んだこの人が、先生を教えてくれたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!