第1章

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 部屋に入って、ふみに本を渡すとしおりの部分を開いてやった。小さな机を挟んで、頁をめくると、ふみが仰け反るように動いた。  どうしたものかと、顔を上げると目の前が丁度ふみの顔だった。 「すまん。近すぎたか?失礼した」 「いえ」  そう言って顔を赤らめたふみを、隣で見ていた清太がニヤリとからかう。 「先生!おふみ姉ちゃんと夫婦になればいいのに」 「「なにを!!」」と二人揃えて発すると、清太がおかしそうに笑った。 「あー、ここ、ここから読んでみなさい。清太は邪魔をするなら帰りなさい」  私は取り繕うようにそう言って、清太を嗜めた。  清太は肩をすくめて舌を出し、音読するふみから離れなかった。  ほんのりと色づいた頬で、少し漢字の増えた本をつかえながらも清太に聞きながら読み進めた。 「はい。上出来です。これくらい読めたら、もう大丈夫だ。おふみさん」 「え?!もう、おふみ姉ちゃん来ないの?」  誉めた私に、誰でもなく清太が身を乗り出して聞いてきた。  隣では不安げなふみの瞳が揺れた。 「いや。その、おふみさんが手紙を書くまでは……。手紙が書きたいと言っていたね」  そういうと、ふみと清太のほっとした息が漏れた。 ――――――遠くで鐘の音が聞こえた。ふみが帰る時間だ。 「あ!もう行かないと、また明後日参ります。ありがとうございました」  ふみは立ち上がると、そう言って軽く頭を下げて今日も慌しく帰っていった。 「先生とおふみ姉ちゃん。ほんとに夫婦になればいいのにな」  ぼそっと呟いた清太の頭にコツンとげんこつを落とした。  *****  毎度のことながら、手習いを終えると町を駆けて店に戻る。   「おかえり、おふみちゃん。おや、どうしたんだい?風邪かい?顔が赤いよ」  帰るとお姉さんにそう言われて、余計に顔に熱が集まる。 「走ってきたから。こっちを手伝えばいいですか?」 頬に手を当てながら、奥のかまどを指差すとそそくさと手を洗いに行った。熱くなった顔に水をつけて顔を冷やそうとしたが、速度を上げた胸の音のほうが静まらなかった。 「まったく、清ちゃんが変なこと言うからっ」  独り言を言いながら手ぬぐいをしまうと、袖に入れた貝殻をきゅっと握って、ふと思い出して口元が緩んだ。
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