カエデ

2/14
前へ
/14ページ
次へ
「神崎先生、寝てました?」 ショートカットの髪に長めの睫を揺らしながら、委員長である女子生徒の成瀬がいたずらっぽく微笑んだ。  どうやらうっかり眠ってしまっていた。黒板には「メイド喫茶」と大きく書かれている。揉めていた今年の文化祭の出し物がようやく決まったのか。生徒たちは盛り上がり、すでに衣装の提案まで飛び交っていた。  この高校に赴任して5年。毎年同じイベントを繰り返しながら時は過ぎていく。三十歳を前にして、成瀬や他の生徒の元気がやけにまぶしく感じた。 「すまん、昨日ちょっと遅くて。メイド喫茶か……」 「はい。反対ですか?」 「いや、おまえらがやりたいものやればいいよ」 「先生がやる気がないのはダメです」 「俺のやる気は必要ないだろ?そもそも文化祭っていうのは生徒が主体となってやるんだから」 「神崎先生が先生らしいこと言ってる」 「茶化すな」 「……先生、それより警察から連絡ありました?」 「何もない。心配するな、必ず戻ってくるから」 「何か聞いたら絶対教えてください。楓は私の親友なんです」 そう言うと成瀬は目を伏せ、女子生徒の輪に戻っていった。  神崎が受け持つ生徒、楓がいなくなったのは三日目前のことだ。いつものように学校に行き、授業を受け、友人である成瀬と一緒に下校したが、成瀬と別れた後に自宅には戻らず、まるで神隠しにあったように忽然と姿を消した。 警察は誘拐、事故の両面から捜査を始めているが、足取りはまったく掴めていない。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加