16 . 逢崎 要

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玄関のドアノブをゆっくり引く。奥から声が聞こえる。 僕がドアを閉めると同時に、リビングから誰かが出てきた。 「ああ、カナメか。おかえり。もう、夕飯できてるぞ」 久々に聞くその声が、数秒前に落ち着かせた気分を激しく揺らした。 この家に来てから何度も顔を合わせてはいる。けれど、いつも夜は遅くて基本的に夕飯時にはいなかった。 「……お父さん、なんで」 「いやぁ、仕事に切りがついてな。久々に早く帰ってこれたんだよ。やっぱり我が家で食べる夕食は落ち着くな」 逢崎棗がいた。 誰にでも向ける柔和な表情と、落ち着いた声色。当たり障りのない言葉選び。 姿勢がよくて、けれど雰囲気は穏やか。何もないその感覚が、気持ち悪い。 ああ、だから菫さんが上機嫌なのかと納得する反面、僕は腹の奥底の感情をどう処理するべきかわからないでいた。 予期せぬ事態だからか、あるいは鶫との会話の所為か。 形容しがたい感情が溢れ出す。 「ほら、カナメも早く」 お父さんはリビングに戻ると「二人とも、カナメが帰って来たよ」と嬉しそうに知らせた。 僕は感情を表に出さないように深呼吸を繰り返しながら、リビングに入った。 「おかえりー」 「おかえりなさい」 郁さんと菫さんが、僕を迎えてくれる。 テーブルにはいつもの倍の量の料理が並べられていた。 どれもお父さんの好きなものばかりで、ほとんど僕のお母さんが作っていた料理と同じだった。 幼い頃見た光景がフラッシュバックする。 お母さんが夕食の用意をしていた。お父さんが帰ってきて喜ぶと、お母さんも嬉しそうに笑った。 「ほらほら早く。食べきれないからカナメも頑張ってよ」 促され郁さんの隣のイスに座る。 テーブルを挟み、丁度正面にはお父さんがいた。緊張のような焦燥のような、なんとも言えない感覚に襲われる。 グラスに注いだビールを飲みながら、僕の様子を伺っているのがわかった。僕は目を合わせるのが怖くて、視線をテーブルの上の料理に向けた。
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