3710人が本棚に入れています
本棚に追加
/409ページ
「そういえば、カナメとこうやって夕食を食べるのも久しぶりだな。ここのところ忙しかったもんだから。どうだ、最近の調子は?」
「……えっと、」
単純な質問。それが何故か気持ち悪くて、僕は上手く答えることができなかった。
お父さんはただ喋っているだけなのに、言葉の一つ一つに纏わり付くようなベタつきがあった。
「元気みたいだよー。彼女もいるみたいだし」
郁さんが代わりに答える。助け舟を出してくれたのは嬉しいけれど、できればその事には触れて欲しくなかった。
「へえ、そうなのか。しっかり青春してるじゃないか、カナメ」
お父さんが破顔し、美味しそうに喉を鳴らしながらビールを飲む。
「カオルも彼氏の一人や二人くらい作りなさいよ。黙ってればそこそこ可愛いんだから」
「おーっと、今の言葉は聞き捨てならないなぁ。私は喋ってても可愛いよーだ。私に見合う男がいないだけだってば」
菫さんがからかいに郁さんは慣れたように返答しながら、ご飯を口に含んだ。それからしっかり噛んで飲み込んでから続ける。
「てか、もう何回目よ、それ聞くの。私には私のペースがあるんだってば」
「だってもう二十一よ? せっかくの大学生活がもう終わっちゃうわよ? もっと楽しみなさいよ」
「まあまあ、カオルならそのうちいい相手が見つかるさ。黙ってれば可愛いからな」
「お父さんまで言うかっ」
三人が楽しそうに会話を進めてく。
すぐ隣にいるのに、とても遠くに感じる。僕だけが別の場所にいるみたいだ。
あ、目の前のお父さんが笑っている。
その表情は何度も見たことがあった。
お母さんといた時も、同じように笑っていた。
楽しそうに。
僕はいてもいなくても一緒だ。お母さんの用意した料理を食べて、満足して、グラスに注いだビールを飲みながら談笑して。
全部、同じだ。
あの日の光景と重なる。
お母さんが笑っていた。
息苦しい。胸が締め付けられる。心臓の音が頭の中で響き渡る。声も重なる。
笑い声がうるさい。
みんな笑ってる。僕以外。
菫さんとお母さんで、何が違う?
一緒だ。
最初のコメントを投稿しよう!