16 . 逢崎 要

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気がつけば、口が勝手に動いていた。 笑い声は消え、一瞬にして場が静まり返る。 同時に後悔と罪悪感に襲われた。 お父さんはグラスを片手に持ったまま固まっていたけれど、やがてゆっくりテーブルの上に置くと落ち着いた様子で聞き返してきた。 「どうした、カナメ。急にそんなことを聞いて」 「お父さんの隣にいる人と、お母さんと、何が違うの?」 急に自分を指されたからか、菫さんの表情が強張った。 「何もかも違うさ。同じ人間なんていないんだから」 「お母さんはお父さんを愛していた。お父さんの好きな料理を作って、帰りを待って、笑ってた。僕よりもお父さんの方がずっとずっと大切にしてた。一緒だ」 子供よりも、愛していた。 「あのね、カナメくん。ナツメさんは……」 菫さんが何か言おうとしたが、お父さんが片手で制す。 残り少ないグラスの中身を飲みきり短く息を吐いた。 「カナメ。愛ってのは複雑なんだよ。ナズナを捨てたわけじゃない。距離をとっただけだ。ナズナは少し近すぎた」 距離を取った? 近すぎた? 「俺もナズナを愛してはいたよ。でも、あいつは束縛が強すぎだ。だから俺も息苦しくなってな、色々と追い詰められてたんだ」 追い詰められてた? 「そして、そんな疲れてる俺をスミレが癒してくれた。その時気づいたんだよ。俺が本当に愛するべき相手が誰なのかをさ。だけどナズナは納得してくれなくて、結局ああいう形になってしまった」 本当に愛するべき相手? なんだそれ。 「だから仕方なかったんだよ」 「仕方ない……」 それが、お母さんを捨てた理由。 ああ、駄目だ。 感情よりも早く体が動いた。 テーブルの上の食器やコップが落ちて甲高い音が聞こえた。 その音が、お母さんが暴れた日の夜を思い出させた。 お父さんの胸ぐらを掴み、椅子ごとそのまま倒れる。 ああ、今日はこんなことばかりだ。 自分で自分のしていることがわからない。僕が僕じゃないみたいだ。 「やっぱり僕は……」 『君のお父さんもきっと_____』 「あんたが大嫌いだ」
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