甘いあの子

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甘い。 空気と、音。それから。 砕き終わった氷を、ルイがアイスペールに積み上げた。 真っ赤にそまった指先を小さく擦り合わせて、息を吐きかける。 一呼吸いてから、ウイスキーの蓋をカランと鳴らした。 注ぎ口から零れる空気と琥珀色の液体が、絶妙な音を醸し出す。 大村は、思わず喉を鳴らした。ビジネスバッグを隣の空き席に置いて、彼はルイの手元を見つめている。 常温のウイスキーに溶けて傾いた氷の上に、1つ新しく継ぎ足すと、透き通るソーダを加えた。 「もうちょっと」 待っててね、という言葉を省いて、ルイが笑った。 マドラーで沈んだウイスキーを1度だけ引き上げて、ルイはそのグラスを大村に差し出した。 「うわぁ。手、冷え冷えじゃないですか?」 「大丈夫。すぐ温まりますから」 ふわりと笑って、もう一度、深く吐息を吹きかけるルイに、大村は思わず目を奪われた。 PrivateSUNのスタートは、スローペース。 この店は、月が明るくなるほど、常連客が訪れる。 余所でさんざん飲み食いした最後に、PrivateSUNに立ち寄るライフスタイルの客が多いからだ。 「見とれすぎやで?」 「へ?」 ガラス越しのキッチンスペースで揚げ物を返しながら、ユキこと、マサユキがその様子に水をさした。 ルイと並ぶとさしてかわらない身長差のせいか、第一印象は小さい男と思われることが多い。ユキに言わせてみれば、彼の背がひくいのではなく、ルイの背が高い方なのだ。 なんでこうなったのか、京都の料亭を実家にもつ彼は、PriveteSUNでフードを担当しながら、東京の写真をとって暮らしている。自分の命の次に大事なのは、つい最近購入したバカみたいに重たい一眼レフらしい。 「ルイはな。もうちょっと自分の外見に自覚をもったほうがええで」 ふざけた調子で冷やかすユキに、ルイが「なんでよ」と顔を訝しげた。 「あんまり迂闊なことして、キョウさんに叱られんといてや」 「一体私のなにが迂闊だったのよ」 大人の表情から一転して、頬を膨らませるルイは急に幼くみえて。 目が離せない。 次の顔は。 仕草は。 言葉は。 無意識に、期待してしまう。
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