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夏の終わりの風が吹いた。
潔く突き抜けた青空に刺す淡い茜色。
ルイはすっと胸に空気を吸い込んだ。
女性にしてはやや高めの身長で、姿勢よく歩く彼女を目に留める人は多い。
柔らかい緩やかなくせ毛を背中で揺らして、その視線を気にすることもなく、彼女は空を仰いでいる。
気分は上々のようだ。
「あれ?今日はルイちゃんが店番?」
コンビニ前でタバコを吸っていたスーツ姿の男に声をかけられて、ルイは笑顔で手を振った。
「久保田さん!そう。今日はミサキさんが締切だから、キレキレだからね」
カラリと笑う彼女の笑顔は、バランスよく崩れてユニセックスな美しさのベクトルを愛らしさへと傾けた。揺れるように傾けた体に、髪が弾む。
この太陽のような笑顔をまた見たいと思えるのは、彼女を知る者の特権だ。
「じゃぁ、帰りに寄って行こうかな」
「あはは。そんなこと言ってると、ミサキさんに蹴飛ばされるよ?」
容易に想像できるそのシーンを思い浮かべると、久保田は苦笑してタバコを灰皿に捻じ込んだ。
「でも。待ってるね」
ふわり。微かに髪に残る甘い匂いと、子供のような微笑みを残して、ルイは指先で手招きをした。
はっと目を奪われて。
久保田は、思わず照れた口元を隠すように手で覆った。
夕焼けが、鮮やかに色濃く空を侵食し始める。
ルイは光を増した西の空に目を細めた。
この時間が好きだ。
頷いて、もう一度深呼吸する。
この街が好きだ。
急ぎ足な人の波。遠くで響くクラクション。
歩道の信号が切り替わる音。
ビルの巨大広告。
賑やかでいて虚しい。
空笑いみたいな、灰色の街だ。
時計ばかり気にしているあのサラリーマンも。
恋人を待ってる可愛いあの人も。
誰といても満たされない彼らも。
声にならない。
それがなんだか、とても侘しくて。切なくて。
優しい気持ちになる。
立ち並ぶビルの一角に立って、ルイは大きく息を吐き出した。
これまたくたびれたビルに潜り込むと、エレベーターで8階まで上がる。
そこは、東京のとあるバー。
‘PrivateSUN‘
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