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缶ビールを片手に屋上の扉を開くと、ルイの背中が見えた。
「お疲れさん」
隣に立って、高めの柵に背中を預ける。
缶の底をコツンとルイの額に当ててから、キョウはプルタブに手をかけた。
「おかえり」
客に付き合わされたのか。
それとも、自ら飲んだのか。
ルイの頬には朱が刺していた。
振り返りもしないルイの横顔は、キョウにとっては出会ったころから変わらない、伏せた表情だ。
藍色のそらに視線を投げて、ぼんやりと眺めている。
「ずいぶん遅くまで店にいたのな」
「うん。久しぶりに久保田さんが来てくれたから、付き合いたくて」
「……。お前、明日朝から講義はいってなかったか?」
「うん。でも、目冴えちゃって。眠くなるの待ってる」
しばらくの沈黙が、二人の微妙な距離の間を埋める。
煌めくネオンは、いつからか見えなくなってしまった星の代わり。
キョウとルイは、お互いが家族の代わり。
冷たい風に、ルイが肩にかけたカーディガンの袖が揺れた。
夜が息をひそめて。
世界は生まれ変わる。
緊張の糸が解けたように、ルイの瞼はゆっくりと下がっていく。
やがて、聞こえ始めた微かな寝息が、キョウの心にさざ波を打った。
「飲み過ぎだ、バカ」
夜を超える度に、変わるものもあれば。
変わらずに朝を迎えるものもある。
気を紛らわせるように呟いた言葉は、自分への防御壁。
わかっているから、苦笑する。
細い腕を解いて背中に回すと、疑いもなく首にまとわりついた。
当たり前のような、この体温。
いつか手放すその時は。
ぞっとするようなその未来を。
ルイの髪に頬を寄せてかき消した。
それが、できる限り遠い未来であることを祈って。
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