月が輝いたら

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そこは、夜が重なる場所。 ワンフロアのバーと言っても、客席はカウンターに10席。 小さなテーブル席が2つ。 カウンター越しのガラスの壁からは、東京の狭い空に太陽が沈んでいくのが見える。 「寄り道したろ」 「してなーい」 カウンターのサイドに設けられた小さなキッチンから、キョウがルイを出迎えた。 彼こそがこのフロアの、というよりはこのビルのオーナーだ。 捲り上げた白いシャツから、太い腕が覗いている。 筋肉質な割に細見にみえるのは、一見冷たい印象を与える彼の顔のせいだ。 いつみても猛禽類のようだとルイは思っている。 「帰り道にね、久保田さんに会ったから待ってるねーってしてきたよ」 語尾をあげるルイの話し方は、キョウに対する時の癖だ。 「そりゃ仕事熱心なことで」 ルイの手から買い物袋を受け取る。 「あれ?キョウ、なんか機嫌悪い?」 「悪くねーよ」 まったく無自覚だ。とキョウは心の中で呟いた。 その無自覚かつ無意識な発言が、まわりの心をかき乱している事など、本人は知る由もない。 ルイに「待ってる」などと言われて、浮かれてやってくる客の顔を思い浮かべると、キョウはうんざりした。 「着替えてくるね。いつまでもそんな顔としてるとお客さん逃げちゃうよ」 キョウの口角に指を当てて持ち上げると、ルイはぷっと噴出した。 ルイがキョウと出会ったのは17歳の頃。 その時から2人の兄妹のような関係は、変わることなく続いている。
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