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きっと、あの時代の日々は、メイコ先輩にとって輝く宝石のような日々だったのだろう。
その輝きを共有できる相手に出会えて、はしゃいでいる。私には、そう見えた。
でもね、メイコ先輩。
アンタにとっては綺麗な輝きかもしれないけれど、私にとってそれは眩しすぎるのよ。
アンタが恋人とお幸せになって引退してからというもの、私は恋にも青春にも本気で取り組めなくなった。
人の輪からいつも少しだけ離れて、物事を斜めから見るようになってしまった。
ミク、失恋して大人になったのね。なんて訳知り顔の友人に言われたこともあったけれど、そんなわけじゃない。
単にひねくれて、まっすぐ立つことができなくなっただけだ。
私は、そんな風にひねくれて、斜めに傾いだ視線で、メイコ先輩を観察した。
昔は肩まで伸ばしていたはずの髪は、いまではもっと短いショートカット。
化粧は極力おさえられていて、リップも薄い。
服は地味な色合いのブラウスにロングスカートで、イヤリングもネックレスも着けていない。
ただ、唯一、左手の薬指に飾り気のないリングが、鈍く光っていた。
推察するに、ちょっとした用事を済ますためだけに、家を出てきたってところだろうか。彼女からは、そこかしこから家庭の匂いが漂っていた。
メイコ先輩は、私の傾いて不躾な視線に気がついて、言葉を一旦区切って、己の格好を見るような仕草をした。
彼女は穏やかに苦笑した。
「やだわ。私、すっかりおばさんみたいな格好になっちゃてるわね。恥ずかしい」
「そんな、先輩だってまだまだ若いじゃないですか」
「子育てしているとね、おしゃれに気を使わなくなっちゃって」
「へぇ……お子さんいたんですか」
「あら? 私、言わなかったかしら。まだ小学校に上がったばかりだけどね、塾に通わせているのよ。今日は子供の塾通いの付き添いってワケ」
迎えに行くまであと一時間ぐらいね、と彼女はバッグからケータイを取り出し、それで時間を確認しながら言った。
その仕草に、その雰囲気に、私の心が更に傾き、斜めに向いていく。
口では老けたのなんだの言いつつ、幸せなのだろう。
愛しの夫に、可愛い子供がいて、暖かな帰る家がある。
とても当たり前だけど、どれも私は持っちゃいない。
メイコ先輩、別にアンタが悪いわけじゃないのよ。そんなことは分かってる。
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