Omni-birth

8/24
前へ
/165ページ
次へ
『お話』にならない、そこには当然二つの意味がある。 語ること。そして、語ることが語られることにより語られたことも再度語られること。 起きていることはただそれだけなのだけど、しかしそれは近付き過ぎた宇宙同士が一緒になって口ずさんでいるようにも見える。 相互干渉(interactive)し合う宇宙。あるいは会話(interactive)する宇宙。ここまで来ると言葉遊びだ。 「あなたがどこにでもいるように、」 といつの間にか座席に座っていた彼が言う。 「『僕』は無数に存在する。そう、ユビキタス的にね」 ある時は幻影警備者の一員として。ある時は戦闘用アンドロイドのマスターとして。ある時はバベルの塔に突っ込むテロリストとして。ある時は箱を開けようとする少年として。 ある時は名前を持ち、ある時は名前を持たない、そんな存在。 「マルチバースとはそういうものですよ。たとえば、いくつかの宇宙において地球は既にハビタブルゾーンから追い出されていますが、一方で地球には人々が暮らしていたり、稀にETがやって来る宇宙も存在するのです」 箱を開けてもいいですか、と彼は問い掛けて、数瞬遅れて問い掛ける必要がないことに気が付いた。 「ラッセルなどという登場人物が存在する宇宙も、存在する可能性は――語られる可能性は存在します。ですが、そんなことはどうでもよいのです」 彼は穏やかに微笑む。もしくはそうあるよう記述されている。そうして遍在する(ubiquitous)。 フレックスも箱ガールも、そもそもこの物語(universe)すら、あなたの隣に座る彼を認識していないかのようで、あなたはその存在の耐えられない軽さに絶えられなくなってくる。 「根源から枝分かれし、分岐(バイファケーション)と拡散(ディフュージョン)を繰り返す宇宙。すべてのわたし(ものがたり)達に宿る遺伝子、DNAと言っても過言ではありません。ですが、遺伝子はただ系統樹を縦方向へ移動するだけではないのです。ゲノムが水平方向へ、枝から離れた別の枝へと伝播することは、珍しいことではない」 他種の遺伝子(ものがたり)を自らに組み込むプログラム。あらゆる生命の遺伝子(ものがたり)が相互干渉(interactive)し、会話(interactive)している。 「なら、ボルバキアが宿主のオスを殺すように、野球少年が予知夢を見てしまうように、それらを都合良く改竄し編集する存在があっても、おかしくはないでしょう」
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加