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とりあえずはA to Z。記されるすべてが記されるだろうここで、さすがのあなたも疲れが見えてきた。
この物語(universe)はどこまで続くのか。一体どこからどこまでが物語(universe)なのか。そもそもこの先に『fin.』と書かれることはありえるのか。
可能な限りすべての文字列。バベルの図書館。あらゆる無理数の集い。無限の猿が綴るコルモゴロフ複雑性。
「迷っているんですか?」
その問いかけに、あなたは顔をしかめた。席から立ち上がり、句読点を踏み締め、ピリオドを探しに行く。
「ここにあるのは今まで綴られ、物語られた、あらゆる物語(universe)たちです。もちろん、あなたのものも探せばありますよ」
ここに至って、あなたは途方に暮れる。何と言っても、目の前には地平の向こうまで続く物語たちがそびえ立っているのだから。
「とある完全にランダムな文字列xを出力するためのプログラムpに、無限回数の試行を実行させる。そうするともちろん、その無限の文字列の中には、あらゆる長さのあらゆる文字列(ことば)が記されることにはなりませんか? なにせ、無限大ですから」
一つの私小説、本として綴じられた物語を、無限の本棚から取り出してみては、手に取る。
聖典があった。法律書があった。医学書があった。冒険小説があった。ライトノベルがあった。推理小説があった。SFがあった。ノンフィクションがあった。解読不能の本があった。
本編、本編の解説、解説の解説、解説の解説の解説、本編の偽書、偽書の解説、偽書の解説の解説の偽書……
「すべての可能な文字列に、それは含まれている」
そう、もちろんあなたも。
例外すらも、ここでは文字に起こされるのだから。
あなたは思わず目眩を覚えて、Fの上に倒れる。あらゆる存在する/しない文字列によって語られる/語られない物語(universe)。嘔吐感にも似た陶酔に、あなたは二度瞬いて酩酊する。
「まずAから始めることをお勧めしますよ。ところで『彼』はどこです?」
その穏やかな声は、文字列のすき間で幻想のように乱反射し、あなたを透過する。
「ただ絶対に在ること。存在すること。もしくは、存在することとして存在すること」
そう、それしかないから。
「特異点の在り処、いえ在り方ですか。それをあなたは知っているはずです」
焼き落ちた物語の一ページ目を抱えた声が、笑う。
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