20人が本棚に入れています
本棚に追加
そう、ここで語られるのは、メタバース。即ち全ての「語られ終えた物語」についての物語。
ユニバースを内包するマルチバースをも内包する宇宙。物語。
今現在世界に存在する、あるいは過去に存在した物語。その全体集合。そういう点で、そこはボルヘスの描いたバベルの図書館だ。
そこには気の遠くなるような有限の極限が設定されていて、その蔵書全てから成る図書館という名の巨大な物語を読み解いた人間は一人としていないことが知られている。
たとえばあなたがその図書館の端から本を開いていこうと決意したとして、そもそも端が分からない。
仕方なしにそこらの棚から適当に本を引き出して、その回りを順々に読破していくという手法を取るとするのが一般的だ。およそ大抵の人間はそこから始める。
それからやがて、徐々に徐々に手を伸ばす範囲を広げていき、その程度が過ぎると周囲からは「本の虫」など呼ばれ出す。しかしどれほど狂人の如く読書に時間を費やそうとも、バベルの図書館に所蔵されている全ての本を読み尽くすことなど到底できない。
その理屈は大雑把に「アキレスと亀」と言ってしまって構わない。あるいは、あなたが今生きている世界中の全ての人間と知り合いにはなれないこととも似ている。
あなたは既に物語で埋め尽くされた物語へと生み落とされたのであり、そしてあなたが物語を読んでいる最中にも新たな物語は書かれ続けているのだ。
終わらない物語(universe)はない。故に終わらない物語(multiverse)もない。されど物語(metaverse)は終わらない。
終わるとすれば、それは物語る「僕」らの滅亡に他ならず、それはつまり宇宙の終焉ということで、そんな状況であなたが書物の収集を終えた図書館で悠々と過ごせる道理はない。そいつは少し、希望的観測に過ぎるというものだ。
しかしその不可能性にどこか明るい絶望勘が漂うことは救いでもある。
なぜならこの世界において不幸な人間というものは二種類に大別できるが、それは全ての物語を読むことができずに死んでしまう人間と、死ぬ前に全ての物語を読み終えてしまった人間だからだ。
幸いなことに、あなたが後者について悩むことはないので安心してほしい。貴君前進あるのみ、死ぬときはたとえ溝(どぶ)の中でも前のめりに死ねることは保証する。
最初のコメントを投稿しよう!