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「特異点は、存在することは存在から明らかなのですが──つまりこの図書館のどこかに在ることは確かなのですが、なかなか見つからないのです」
どこか。それすらも誤りかもしれない。存在そのものが定義であり、現象であり、概念なのだから。
n次元でもnのn乗次元でも、もはや無の中にすら存在をこじつけられる。
だけれど、ここは広すぎる。何億光年続いているのか、そもそも終わりが存在するのかすら怪しいこの物語(metaverse)で、よりによってそんなものを探そうだなんて。
だが、彼は笑って首を振る。
「いいえ、物語の集合体を内包する超超集合体だとしても。構成素材が理論的に完結することは明らかなのですよ。観測できないだけであって、ここは有限の物語なのです」
そう彼は妙に自信ありげに言い放つ。クォークレベルまで細分化された一ページ目が、頼りなさげに銀河団のすき間をすり抜けていく。
「幸い、ここにはまともな時間軸が確立されていません。普遍性が高いあまりに制限がないのです。おかげでここに来て「彼」を探すことが確率的に可能になりました。その点は、あなたにもお礼を言うべきですね」
それはどうだろうか、とあなたはそっと瞼を閉じる。あらゆる未来において語られることが決定されている物語(universe)すらも、時間軸に囚われないここでは、既に語られ終えた物語(universe)にならないのではないか。たった今紡がれ、これからも綴られ続ける可能な文字列全てが、その時点で語られ終えたと認識されなくはないだろうか。
ただ決まっていたのは、あなたはその疑問を目の前の彼に問うことをしないことだ。
「ですが、やはり効率的に行きたいものですね。ですので、もう一度だけ聞きます。彼は――特異点はどこにあるんですか?」
冷ややかに瞳を細め、いかにも笑っているような微笑みを張り付けて、彼はあなたに問い掛ける。
そしてあなたは、答えないだろう。
「わたしが知らなくとも、あなたは知っている。彼の居場所を知っている」
書くことと、書かれること。その二つは物語の極限的な集合であるここ(metaverse)では、どちらも同じようにカウントされる。
つまり、あなたと今目の前にいる彼は、どうしようもなく等号で結ばれた存在なのだ。
あなたの中の他者。被写体。あなたより生まれ、あなたとは別の存在。鏡合わせ。
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