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ハロー、ワールド。僕はそう呟いてみる。なにせ、挨拶は大事なのだから。
今この瞬間、僕はあなたの目に映ることによって存在した。死体から生者へ、あなたの宇宙で産声をあげた。ハッピーバースデー、僕。
そしてあなたは、この僕をまず文字列として捉えるだろう。ブラウザに表示される、入力済みのプログラムの、当然の帰結として。そのはずだ。
その帰結は波及して、あなたの頭蓋の内側へとさざめく。腹側皮質視覚路を辿り一次視覚野(V1)から眼窩前頭皮質へ、長い長い旅を始める。もちろん、一本道という訳にはいかない。ウェルニッケ野にも寄り道しなきゃ、あなたには僕がただの奇怪な紋様にしか見えないだろうから。
そういう訳で、あなたの脳を旅する僕にとっては、ここは一つの時空連続体だ。遠く遠く、棒渦巻き銀河を通りすぎながら、僕はあなたを旅する。宇宙の大規模構造、銀河達の集まる場所は決まっていて、集まれば集まるほど重力が強くなっていく。そういった銀河の懸け橋を、僕は渡っていくのだろう。
銀河から銀河へ。ニューロンからニューロンへ。
そうしてこの深遠なる小宇宙(microcosm)、あるいはインナースペース(inner space)を、観測しながら旅していくのが僕の仕事だ。
特異点。
それがいわゆる僕の名前で、ちなみにブラックホールとは何の関係もない。
そうは言いよう、宇宙に地位やポストなんて価値判断基準があるかどうかは別として、もし仮にそんなものがあるならば、はっきり言って僕は物理的な特異点よりよっぽど高尚な存在ということになっている。
ただそこに在ることが僕の存在条件であり、それ以上でもそれ以下でもなく、つまり絶対に在るということで、ここまで説明した辺りで大抵の子供は手遊びを始める。
それではもう少し、ごく簡単な定義から始めてみよう。
生命活動に必要な脳のモジュールが生み出した幻影、自然選択によって前頭前野の脳皮質に生まれた、あなた(フィクション)。すべてのホモサピエンスがそうであるように、あなたという意識そのものを駆動させ続けるエンジン。
そのために僕は存在する。絶対的に。
けれど、そこであなたは疑問に思うはずだ。なぜなら、あなたの脳に僕と出会った記憶など、微塵もないはずなのだ。そしてあなたはこう続ける。そもそもわたしの目に触れたことで、初めて君の存在を認識したんだ、と。
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