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マルチバース。
ユニバースという、あなたの頭の中に広がる宇宙、すなわち物語。それらひとつひとつを要素として含む集合を、マルチバースという。
あるいは、短編集、アンソロジー、エトセトラ。
そこには複数の「わたし」がたゆたい、身を寄せ合い、また別の形相を成しており、あなたは僕同様、宇宙を背景にしてそれらの物語を観測していく。
バックドロップ超インナースペース。二百億光年先の宙の彼方から蒼き墓標を眼下に見下ろして、あなたは今宇宙にひとり。群星の孤児だ。
そんな節操なきクロスオーバーが許される、いわば集合としての物語。物語による物語。
ここではそうした途方もない無数のパターンが生まれていて、その内へ含まれる個々の宇宙にまた別の側面が垣間見えることとて珍しくない。
集合とは、つまり分類のことなのだ。
共通因数を括り出すことによって視界が開けることもあるように、分類の基準を変えてしまえば宇宙は華麗な変貌を遂げる。ように思える。
実際は、観測するあなたの見方が変わっただけなのだけど。
ゆえに、たとえばここでは以下のようなことも起こりうる。
「こうして少女の入った箱が開かれ、Λ(ラムダ)は目覚めたのさ」
火星から地球までの鈍行列車『星渡り(マイグラント)』の座席にチョコンと座ったストローは、そう語った。その隣のシートには大きめの段ボール箱が置かれているけれど、そのすき間からストローへ奇妙に冷たい視線が向けられていた。
「遠見水晶の巫女による予測だと、ヨーグルトの雨雲は遥かヴェロニカの星にも広がるようでね。テラを始めとする高機能演算機にも支障が出るのでは、とカッパーの源蔵は報告書を提出してきた」
隣席の箱が何かを主張するように、カタリ、と揺れる。
「だが、そう、ラッセルなどという登場人物は、このユニバースには存在しない」
少なくとも、わたしの知る物語(universe)においては、とフレックスは付け足した。
「三巡目の受験生や死者に平等な島にも、痕跡らしい物はない。核融合炉にもな。ただいないだけの架空の物語か、あるいは、これから語られるのか」
それはあまりに矛盾している。ストローと段ボールの正面に座るあなたは思う。ストローマンは去り、箱は開かれなかった。それらの物語の結末を、あなたは知っているはずだ。これじゃあ『お話』にならない。
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