第1章

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 見るからに冷たそうな外見の江口とは違い、榊はどこか優しさを滲ませる顔つきである。実際、彼の温厚な性格は正直刑事には不向きのように見えるが彼は被害者目線で考えることに長けているのか冷静な推理が働くと共に、遺体を目にすることにも抵抗はないようである。  江口はこの若さにして捜査一課を指揮する立場であるが、今の江口の厳密な所属は捜査一課一係となっている。それも、つい先日配属された新米刑事の指導のため……ただ、人と関わること自体好きではない江口は、子守役を榊に押し付けているのが原状である。 「死亡推定時刻は昨夜の午後二十三時前後、鈍器で頭部を一撃、それに加えて鋭利な刃物で両足首を切断されていますね。殺害に使われた凶器と切断に使われた凶器は別々と考えるのが自然ですが、それにしても悪趣味ですね。ただの殺しとは思えません」 「切断された足は」 「遺体の横に並べてあったそうです」 「それぞれの凶器は見つかったのか」 「いえ、まだ。凶器の特定はこれからですが、恐らく犯人が持ち去ったものかと……揉み合った形跡もないことから、顔見知りの犯行と考えるのが筋でしょうか」  榊はそうぎこちない表情で返す、姿なき犯人が悪趣味だと言わんばかりの目をしていると江口は思ったが、あえて彼にその点は言及しない。  遺体の状況もそうだが、関連してもう一つ――榊は額の汗を拭いながら、現時点で明らかになった情報を江口へと伝える。 「……それに、現場に残っていた血痕の量から察するに、足の切断はこの場で行われたようです」  江口の問いかけに榊は小さく首を振る、そんな彼の姿を見やった後、江口は静かに歩き出す。 「へえ、隠すつもりもないってか。面白い」  大樹から離れた江口が、数メートル先に見える倒れたままの遺体へと近づいたとき、既にそこには係に配属されたばかりの佐野と明神が神妙な面持ちで遺体を見下ろしていたが、江口の姿に気づくと背筋を伸ばしている。  この二人はつい先日係に配属されたばかりで、殺人事件の現場に立ち会う経験すら少ない。普段は溌剌としていてお調子者でもある明るい青年、佐野はどこか顔が青ざめており、一方彼の隣に立つ女性・明神は遺体を前にしても普段と変わりない平坦な表情をしている。
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