第1章

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 このとき、佐野は自分とは裏腹に無表情で、自分の同級生が殺されたというのに情の欠片も無くまるで他人事のように立っていられる江口の姿を非道だと思ったが、生憎今の佐野には毒づけるほどの余裕も度胸もない。 「ガキの頃の記憶なんてほとんどない。誰かと馴れ合った記憶も、楽しいと思える記憶もない。あいつも俺とは同級生だったらしいが、そんなのは結果論にしか過ぎない。こんなところでのたれ死ぬなんて哀れだな」 「……へえ、そうですか……うっ」  今この瞬間、無残な遺体を前にして気分を害する佐野でも強く思うことがある――それは、江口寛和と言う男が時に悪魔にも見えることである。  彼が完全に私情を捨てていることで捜査にも没頭する。実に模範的な刑事とも言えるが、佐野は時々そんな江口のことが不気味で仕方なかった。  彼の存在は自分が捜査一課第一係に配属される前から聞いていた。まるで殺人ロボットのように、容赦なく犯人を撃ち殺す刑事がいるということ……それが江口であることは、彼と対面した瞬間にオーラで察したものだ。 「それなら江口さんの同級生も、まさか江口さんが刑事になって自分の姿を見下ろしているなんて思いもしないでしょうね」 「ああ。仕事だけ増やしやがって、いい迷惑だ」  佐野が口にした皮肉も皮肉になっていない。それどころか江口の機嫌が僅かに悪くなっただけである。 「佐野ちゃん、気分悪いなら向こうで休んでろ。ほら」  ただ、そんな非道な先輩である江口の下には榊がいるが、彼は江口に比べれば神のような先輩である。  江口の冷徹さを味わった後に榊の何気ない気遣いを受けることが佐野にとっての冷却剤で、今もまたそんな彼に半ば無理やりに校舎の隅へと連れていかれる様子も江口は一切気にせずに遺体の周辺をじっと見回している。 (地面には引きずったような跡があるな。東野は足を切断されてるってのに……いや、切断するためにひきずったとも考えられるか)  江口が気づいたのは遺体の付近に見える、何かを引きずったかのような跡である。この流れでは遺体をここまで引きずった後に足を切断したと考えるのが自然ではあるが――そんなことを考えていたとき、彼の背後に立っていた明神がおもむろに口を開いた。 「あの、江口さん。被害者の葬儀には参加されるんですか」 「……」
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