Scene 3

2/2
前へ
/13ページ
次へ
 小説のなかの男の子は、実はプロの作家でもあって。  彼が女の子のことを知ったのは、むかし彼女が送ってくれたファンレターがきっかけで。 「私は夕月先生の正体を知ってるけど、向こうにしてみれば私のことなんて知ってるわけない、って思いこんでたんだけどさ!」  でも、そうじゃない。  夕月先生の作品を初めて読んでベタ惚れした私は、先生にファンレターを出したんだった。  宛名はペンネームだけど、もちろん差出人である私の名前は本名だ。  ということは、夕月先生は、クラスメイトの私が、自分の作品のファンであることを知っていたとしても、おかしくないことになる。  そして、この小説は、つまり、そういうことなのだろう。  そういうこと、なのだろう! 「すごいよマユちゃん! これ、ものすごいよ!」 「すごいよね!? これ、ものすごいよね!?」  あまりに夢のようなできごとすぎて、自分の頬をつねってみたくなる。  でも、夢と現実の区別ができないのは夢のなかだけの話で。  これはまぎれもなく、嬉しすぎて狂おしいほどに、現実だった。  ――トントン。  その証拠に、現実はたしかな質量をもって扉を叩く。 「あれ? 誰だろ、こんな空き教室にくるなんて」  ドアを開けに行くチアキ。  けれど私には、扉の向こうにいるのが誰なのか、もうわかっている。 「はーい。……ってあれ、あゆむ、くん?」  あの小説のクライマックス。夕月先生の精緻な文体から紡がれるラストシーン。  作中作を書き終えた男の子は、自分の足で、女の子のいる部屋へと向かう。  文字に記した気持ちよりも、みずからの口で直接想いを伝えるために。 「とつぜんお邪魔してしまってすみません。今日は、大事な話があってきました」  井上夕月先生。いや、小野歩くん。  1年生か、ややもすると中学生にも見えるくらい小柄な男の子。  両手をぎゅっと握りしめ、その小さな身体はかすかに震えている。 「あなたのことが、ずっと前から好きでした」  顔を真っ赤にして、恥じらいながら。  それでも、自分の気持ちからは逃げたくないと、懸命に。  その言葉を、紡ぐ。 「ぼくと付きあってください、一之瀬千秋さん!」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加