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「彼氏に『ユミ、左手はそえるだけだぞ』ってゆあれた」
ズズズー、アチ、アチ。珈琲を一気に飲みすぎたせいか、少女は舌を出しながらそんなことを言った。
セリフを少し凛々しい声で作ったのは、向かいの席に座る青年・マリクの声に似せたためのものだったが、最後の呂律で言葉締めが本来の声に戻っている。
「いや彼氏じゃないし……こほん。それよりも右腕の感触はどう?」
少女、ユミ・ユエルにとっては本題だったのであろう彼氏宣言を、マリクは軽く受け流し、彼女の右腕を指で示した。
半そでの衣服から伸びる腕は、色素の薄い緑色をしていて、時々、肌を透過するほどの光を発している。
ユミは右手のひらの付け根部分に左手を添えている。
その左手は少女然とした色白のか細い腕で、右腕と比較すると違いが顕著に現れている。
マリクはそれをじっと見つめて、ユミの反応を待っているようだった。
それを見たユミは困ったような顔をしたあと、マリクと同じように右腕から視線を外さないようにした。
「あっ」
数十秒後の沈黙がおわり、思わず声を挙げたのはマリクだった。わずかな痙攣のあと、ユミの右腕は人差し指から中指、親指の順で動きはじめたのだ。
「やった。成功だ!君の右腕が戻ったんだよ!」
そういってマリクは喜んだが、すぐにユミの顔色が優れないことに気づいた。色白であってもほのかに桃色が浮かぶような、そんな綺麗な顔色は今は少しだけ灰色っぽく影っている。
あわててやめるよう言い、彼女の両肩を掴んだ。ユミは水中から水上に顔を上げたかのように一度大きく深呼吸をする。
ユミの右腕は緑色から除除に脱色していき、やがて左手と同じ色の肌になったが、左手よりも切り傷や痣のあとが目立っていてまるで別人の腕のように見えた。
「ごめんね……、もうちょっとだったのに」
息を荒げながら申し訳なさそうに言った少女に、マリクは自分に対して怒りを覚えた。
「ちがう、俺のほうだ。謝らなきゃいけないのは。一度休憩しよう。」
今度はミルク入りのをもってこないとね、そう続けて、一口飲んだだけで止まっているユミのコーヒーカップを持ってマリクは部屋の奥へと姿を消した。
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