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「奴にはたいそう美人の妹がいる」という噂が流れ、紹介してくれと打診を方々から受け続け、穏やかに断り続けていた。
次郎の妹を遠目で見たという者が言うには、少女雑誌の表紙か挿絵の美少女が抜け出たような、まるで李 香蘭のような女の子だと言った。
洋装が似合う垂れ目の子なのか? 店頭に並ぶ雑誌の表紙を見て、好みではないと慎は思った。しかし、兄の次郎は慎の目から見ても悪くない、男にしておくにはもったいない容貌だったので、興味はあった。
「今度お前の妹を紹介してくれ」
水色の包み紙をめくり、あめ玉ぐらいの大きさのミント菓子を一粒、口に放り込みながら他の悪友たちと同じようなノリで口にしたのは社交儀礼の範疇だった、しかし「いいよ」と返ってきたのには驚いた。粒が大きいままの菓子を飲み込み、喉につかえて大層苦しんだ。
次郎に連れられ、母校の制服を着て訪ねた高遠家は、辺り一帯に偉容を払う慎の実家が霞む門構えの洋館だった。まるでどこかの華族様がお住まいになるお屋敷だ。ひゅっと口笛を吹くその音も掠れるくらい緊張した。ポケットを探り、ミント菓子を一粒口に含んだ。
「ちょっと待っていてくれ」と次郎は慎を応接室で待たせて妹を呼ぼうとした時、「兄様、お帰りなさい」と歌うような声がした。庭先を横切りサンルームの側から入って来る少女は、雑誌のモデルのようでも、垂れ目の挿絵の女の子でも、ましてや李 香蘭でもなかった。
慎は再び菓子を大きな粒のまま飲み込み、咳き込んだ。
あまりに派手な咳だったので、少女は彼の元へ駆けつけた。
「大丈夫ですか?」と顔を覗き込む。
大丈夫だ、と答えたかったが、咳で言葉にならない。その時、ポケットからミント菓子の包み紙がひらりんと床上に落ちる。それを見つけた少女は、あーっと声を上げた。
「カルミンね! 私、これ大好き! あなたも?」
にっこり微笑む顔は輝いていた。
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