第1章

4/12
前へ
/12ページ
次へ
慎は面くらい、お前たち、どこに目がついているんだ、と内心で悪友たちに毒づいた。が、噂は本当だなと納得した。 線が細く、ひな人形の内裏様のような顔つきの兄とは違い、瞳が大きくて目鼻立ちのはっきりとした、和服よりは洋装の方が良く似合うはつらつとした彼女は、茉莉花と名乗った。 ぴょんぴょんと飛び跳ねる身軽さは子鹿のよう。コロコロと鈴を振るような声でよく笑った。その笑い声が全く嫌味なく、耳に心地よかった。 恋に墜ちるのに理由も条件もいらない。慎の一目惚れだった。自分より5つも6つも年下の子供と言ってもいい少女に恋をした。何をしていても始終頭から女の面影が離れない経験をしたのは初めてで、自分が一番驚いた。 彼女が好きだというミント菓子をポケットに常に忍ばせ、会えた日は必ず手渡した。茉莉花は受け取る度に無邪気に喜んだ。 「半分は私、半分は慎さんのよ」 そう言って包み紙を破き、器用に半分に分けて慎に返す。 少女から渡された駄菓子をありがたがる自分。恋すりゃ犬も詩人だと、小馬鹿にしていたが恋に墜ちるとは。若かった。 次郎も慎の様子に納得したようで、理由をつけて高遠家へ行きたがる彼を客人として歓待した。というのも、慎は次郎の友人としてなら認められたが、妹への客人としては拒絶されたからだ。 高遠家への訪問が一週間に一度が二度三度、それ以上になり始めた頃、いつものように門をくぐろうとした慎は、この家の長兄である一郎に呼び止められた。 「何か」と問うと一郎は言った。 「君は次郎の学友だし、優秀だそうだから、我が家の敷居は跨がせてやる。が、妹には近づくな。あれは我が家に相応しい家柄の人間とだけ付き合わせている」 「つまり、兄上はお前は論外だから近づくなと遠回しに宣言されたわけさ」 長兄の後ろからいつの間にか三男が顔を出す。 お偉い方々は下々の者を馬鹿にする。面白くない。我が家も捨てたものではないのだが、と言い返しそうになって止めた。 馬鹿馬鹿しい言い合いをすると自分の格が下がる。尾上家の長男として両親に恥ずかしいことをしてはならない。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加