第1章 地獄の仕事

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冷たい雨が否応なしに体を冷やした。低い気温は健太の体温を奪い、気力も奪っていく。 朝の天気予報だと、今日の関東地方の最高気温は10度。信州味噌と書かれたジャンパーの下には防寒のためのセーターを着込んではいた。 しかし一時間以上も歩き続ければ 濡れた身体と共にに体温は低下していく。 傘を持つ手がかじかむ。 近くには暖を取れる場所など、どこにもなかった。 靴はびしょねれで足先の感覚はとうに麻痺していた。腰に掛けている前掛けも雨を含んで重くぶら下がっていた。 晴れだと庭いじりやらひなたぼっこをしている老人に会うことがあるが、雨だと外に出ている人はまれだ。ましてや訪問販売員の話をゆっくりと聞いてくれる人はまずいない。 まだ丸が取れてなかった稲葉健太は焦りと絶望感でいっぱいだった。 もうすぐ樽味噌をワゴン車いっぱいに載せ、巡回してくる鬼のような松本チーフに丸かバツかを報告しなければならない。 丸とは訪問した先の家で味噌の味を見てくれる人のことを指す。 訪問した際に味見をしてくれるアポが取れてチーフが担う、クロージングへと繋げる先が丸。それがもし3件あれば丸3ですと報告する。 無い場合はバツですと報告する。
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