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「おばあちゃん、僕は長野から来た味噌屋です。美味しい信州味噌を持って来ています。是非試食をお願いします」
老婆は怪訝そうな顔を浮かべた。
いつものことだ。何処の誰だかわからない若者の言うことに信憑性などありはしない。
「味噌は沢山あるから、ゴメンね。」
老婆が話をそうそうに切り上げようとする。
これもいつものことだ。
「え?おばあちゃん、もしかしてお味噌汁は嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃないけどね」
「お味噌は保存が効くのでたくさんあっても大丈夫ですよ。僕が待っときてるのは保存の効く樽味噌なんです。これぐらいの小さいものからありますから」
手で輪っかを作ってみせた。
老婆の警戒の表情が崩れた。
やった。そんなに小さいものなら味見してみても良いという合図。健太の仕事はここまでだった。
「じゃあ、すぐにチーフを呼んで来ますんでちょっと待っててください」
外に出たところでちょうどチーフの車が見えた。
大きく手を上にかざして丸を作る。
「丸幾つだ」
車にのるなり、不機嫌そうに聞いた。
「すみません。まだ丸一つです」
「あ、寝ぼけた事言ってんじゃねえぞ。1時間も歩いてまだ丸一件かよ。
その丸は確かに買ってくれる丸なんだろうな」
松本が唾をはきながら、怒鳴ってきた。
目は真っ赤に充血していて、シワシワの顔から目玉を飛び出させて
いる松本の姿は悪魔に見えた。
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