290人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの女が狙いか」
店主様が言うので見ると、知らぬ間に女の人が消えていました。あのドサクサに紛れて、裏口から逃げたようです。
「どうするんだい九一さん?」
アオネさんが訊きました。
「あの女の言った世良の身辺を洗うのが先決だな。おそらく、あやかしの痕跡が見つかるだろうよ」
「魯文(ろぶん)先生の出番だね。まかせて、繋ぎを取るから」
矢継ぎ早にそう言うと、アオネさんがスタスタと外に駆けて行きました。
「驚いただろうシロ?」
「だ、大丈夫です」
店主様に余計な気をつかって欲しくないので、僕はつとめて明るく答えました。
「今日はもう終いだ。母さんが心配しているだろう。もう帰りな」
「ぼ、僕は大丈夫ですよ」
「良いから。親に心配をかけるんじゃねえよ」
「では、失礼させていただきます」
後ろ髪を引かれる思いで、僕は九一堂をあとにしました。
その夜。お母さんに昼間のことを話すと、
「大事な者を亡くすと、女は我が身を省みずにそうなるんだよ」
お母さんが悲しい眼でそう言いました。その眼は昼間に見た女の人と、すこし似た色でした。
「僕がいなくなったら、お母さんもそうなるの?」
僕の問いに答えず、お母さんは黙って目を伏せました。
「もうお休み」
それだけを言って、お母さんは僕の頭を撫でました。
最初のコメントを投稿しよう!