第一章「遺された心」二話「マトリの九一」

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「あの女が狙いか」  店主様が言うので見ると、知らぬ間に女の人が消えていました。あのドサクサに紛れて、裏口から逃げたようです。 「どうするんだい九一さん?」  アオネさんが訊きました。 「あの女の言った世良の身辺を洗うのが先決だな。おそらく、あやかしの痕跡が見つかるだろうよ」 「魯文(ろぶん)先生の出番だね。まかせて、繋ぎを取るから」  矢継ぎ早にそう言うと、アオネさんがスタスタと外に駆けて行きました。 「驚いただろうシロ?」 「だ、大丈夫です」  店主様に余計な気をつかって欲しくないので、僕はつとめて明るく答えました。 「今日はもう終いだ。母さんが心配しているだろう。もう帰りな」 「ぼ、僕は大丈夫ですよ」 「良いから。親に心配をかけるんじゃねえよ」 「では、失礼させていただきます」  後ろ髪を引かれる思いで、僕は九一堂をあとにしました。  その夜。お母さんに昼間のことを話すと、 「大事な者を亡くすと、女は我が身を省みずにそうなるんだよ」  お母さんが悲しい眼でそう言いました。その眼は昼間に見た女の人と、すこし似た色でした。 「僕がいなくなったら、お母さんもそうなるの?」  僕の問いに答えず、お母さんは黙って目を伏せました。 「もうお休み」  それだけを言って、お母さんは僕の頭を撫でました。
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