第一章「遺された心」二話「マトリの九一」

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「面白おかしく、ですか?」 「いいかいシロちゃんや。時代が明治に成って、政府(おかみ)が西洋だ文化だと何でも押しつけるから、庶民はソレを茶化す戯作本を喜んでいるのさ」 「では、魯文さんは売れっ子なんですね?」  ぬらりくらりと語った魯文さんが、僕の問いを聞いてシオシオとしおれました。 「ブロンド侍と一緒で、魯文先生は貧乏で有名なんだよ」  アオネさんが茶々を入れると、 「私は好きで貧乏をしているのです」  とレオンさんは平然と言いました。 「戯作本が売れているのに、なぜ貧乏なのですか?」  自分でも貧乏と言い過ぎたと思ったのですが訊きました。 「明治以前までは、戯作は武士が暇にまかせて書いていたんです。 武士は己の教養をひけらかしたいので、原稿料は二の次だったから始末が悪い。 それだから、今でも戯作の原稿料は安いと相場が決まっているんですよ」  ナマズの愚痴のように魯文さんが答えました。 「それでこの九一さんが、この魯文先生を援助しているワケなんだよ」  気っぷの良い言葉でアオネさんが言うと、 「長崎から出てきた俺だ。東京や関東八州に詳しい魯文先生には、ずいぶんと世話になっているのさ」  と気恥ずかしい表情で店主様は鼻をこすりました。 (江戸の出身だと思っていたけれど、店主様は長崎から出てきたのか)  また一つ、店主様のことが分かりました。
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