第一章「遺された心」二話「マトリの九一」

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「九一の旦那とは、儂の書いた『金花七変化三十一編』で写眞師を紹介した折、知古を得たのが始まりで、天皇様の御尊顔まで写した東都随一と評判の旦那だが、あやかし本舗と称して妖怪と関わっていると知って驚いたねェ。 それから儂は、情報収集のハシタ仕事を受けている次第なんですよ」  魯文さんが立て板に水と、一気呵成にまくしたてました。  どうやら昨日言っていた裏の仕事とは、あやかし本舗のことらしいです。 「それよりも」と、店主様が咳払いをして話を促しました。 「おっといけねェ、肝心の話を忘れてましたよ。くだんの女が言った、その世良のことなんですがね」 「何か判りましたか?」 「旦那たっての依頼ですから、あたしも方々に手を回して頑張りましたよホントに」  ……また、話が長くなりそうです。  皆の冷たい視線に気づいて、舌の根を滑らせようと盛んな魯文さんが咳払いをしました。 「こりゃまた失礼いたしました。その世良を探偵した結果なんですが、今は東京高等裁判所の判事と人もうらやむ仕事をしていますが、奴さんはどうも元武士らしんですよ」 「ほう。元武士ですか」 「勝ち組って言うんですかね。元は世良 敏郎(せら としろう)という養子縁組された貧乏武士だったのが、維新を境に名前を変え洋服を着て馬車に乗る判事様ですからねェ、世のなか解らねえやマッタク」
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