第一章「遺された心」二話「マトリの九一」

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 魯文さんが嘆くのも無理はありません。  武士の多くは明治になって生活に困窮し、商売に失敗したり、自殺した者も多くいました。その武士の惨めな様子を、庶民はいい気味だと痛快に笑い飛ばしていたのです。  それなのに一部の元武士は、大きな豪邸を建て、放蕩三昧の暮らしをしている者がいるではありませんか。理不尽を許さぬ庶民にすれば、これほど我慢のならないことはありません。 「それで、武士だった頃の世良になにか変わったことは?」 「その養子縁組した家なんですがね、どうも京都見廻組だったみたいで」 「ほほう。見廻組ですか……」  店主様が眉根を寄せて渋い顔になりました。 「なんですか、その見廻組とは?」  僕が訊くと、 「江戸幕府のあった頃に、京都守護職で会津藩が抱えていた治安維持の組織だね」  とアオネさんが答えました。 「お巡りさんみたいなモノですか?」 「まあ、そうだけど。そのお巡りさんも、江戸の新徴組(しんちょうぐみ)から名づけられたんだよ」 「そうなんですか。同じような名前の、京都の新撰組もありましたよね。京都見廻組とは違うのですか?」 「新撰組は浪人や町人から成る組織で、見廻組は旗本や御家人から成る組織だったみたいだよ。それで諍いが絶えなかったとかナントカ」 「でも、その頃の長州など今の政府の役人を取り締まったのに、今は政府の下で働いているなんて納得がいきません」
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