第一章「遺された心」一話「はじめての九一堂」

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「巷ではカフヒーと呼んでいるが、俺はコーヒーと粋な呼び方が気に入っているのさ」  大福をつまみながら言うので、僕は大福の粉をゾウキンで拭きました。  時代が明治になって、人間の世界は大きく変わりました。  それまでの江戸幕府が終わり、世の中は文明開化の明治になったのです。  このコーヒーもそうですが、店主様の生業である写眞も外国から入ってきたモノです。  外国から色んなモノが入ってきて、人間は生活ばかりか考え方まで変えてしまいました。  見えない幽霊や妖怪を信じていた江戸文化を棄て、科学をおもんじる西洋文化が大事な世の中になったのです。  幽霊や妖怪を信じる者がいなくなると、僕たちは生きていけなくなります。だから多くの妖怪は、人間の世界に交じって生活するようになりました。 「シロの母さんは病気なのか?」 「はい。コンコンと咳がひどく、労咳(結核)だと言われました」 「そうか、難儀だな」  口を「へ」の字にして、店主様がうなりました。  いつもそうです。口を「へ」の字にして不機嫌な顔をしています。そうでない時は嫌みを言っている時です。  ザンバラではなく、七三に分けたキレイな髪。役者のように白く、女の人がうらやむ整った顔。英国製の背広(スーツ)が似合う、ちょっと痩せた身体。  妖狐の僕から見てもキレイな人間だと思うのに、店主様はあまり人前では笑いません。笑えばきっとステキだと思うな。
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