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「それは芸だけではなく、時代や人も同じだと言います。でも俺は、その心と魂は永遠に変わらないと思っていますよ」
常さんの眼を見ながら、店主様は優しく微笑みました。その微笑みは、これから常さんに試練が訪れようと、その優しさを糧に愛を棄てないような、そんな気にさせる優しい微笑みでした。
「ですから、この指輪は預かっておきます。もし必要なときは、このシロから受け取ってください」
「店主様……?」
僕は店主様の言った意味が分からず、心ともなく声をもらしていました。
「なあに、その時に俺がいないかもしれないからな。用心に越したことはないさ」
『九一……』
軽い言葉でいなす店主様に、写眞器さんは言葉を詰まらせました。なにか理由があってのことなのでしょうか?
朝焼けを背に浴びて、肩を寄せ合い帰る常さんと有礼さん。
「お二人は倖せになれるのでしょうか?」
二人の姿がうつろに見えて、僕は店主様に訊いていました。
「因果の花を知ること。極めなるべし。一切みな因果なり──」
「それは?」
「人間と妖怪……道ならぬ恋に墜ちたのが因なら、その代償にはつらい結果が待っているかもしれない」
「それでも、常さんなら大丈夫ですよね?」
希望を言葉にして訊きましたが、店主様はただ黙っているばかりでした。
『倖せを、願うぞ』
写眞器さんがつぶやいた言葉が、陽を背に浴びて歩む二人に届いたことを、僕は祈らずにはいられませんでした。
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