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「……胸、無えじゃねえか」
「その胸じゃなくてラムネよ。見たことないクセに」
「お前以外のを見飽きてんだよ」
「やっ、それで次にあたしのを狙っているんでしょう!?」
「俺はそんなゲテモノ趣味じゃねえよ」
「このアマノジャクめ。コロッケとラムネを口に突っ込んでやる!」
「やめろ! いかにも胸やけしそうな組み合わせじゃねえか」
「そうなんだよ。だから売れないのかねェ?」
「その味覚オンチを直さないと、一生売れ残るぜお前」
まるで、痴話喧嘩のようです。
そのとき、騒がしい口争いの声が聞こえてきました。
「おいこら、怪しい奴め!」
「俺は怪しい者じゃない。いいから離しやがれッ!」
どうやら、見回りの巡邏査察(じゅんらささつ)に捕まった者がいるようです。
巡邏査察とは、幕末に活躍した新撰組(しんせんぐみ)や新徴組(しんちょうぐみ)のように、東京府の治安を取り締まる官憲のお巡りさんです。
「官憲がヒゲをひねって威張るもんだから、泣く子とナマズには勝てないもんさ」
アオネさんが鼻持ちならぬ者を見るように言いました。
官憲の士族たちは、庶民を威圧するように立派なヒゲを生やすものだから「ナマズ」と揶揄され、下っぱの官史になると「ドジョウ」と陰口を叩かれていたのです。
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