第三章「心託されて」一話「遺言の隊士」

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「ありがとうございます」  店主様は慇懃に頭を下げましたが、その下げた口から舌が出ているのを僕は見逃しませんでした。   巡査が去る背中に、「おととい来やがれっ」と毒づくアオネさんを尻目に、店主様は青年を見ました。  その眼差しはまるで懐かしいものを見るようで、瞳に穏やかな色が差していました。きっと勝ち気な青年に、過去の自分を見ているのかもしれません。 「礼を言っとくぜ、おっさん」  青年が唇を尖らせて言いました。 「おっさんとは失礼だな。一回りも違わないと思うが」 「に、兄さん……ありがとう……」  今度は頬を染めました。どうやら、複雑な性分のようです。 「良いってことよ。今度から官憲には気をつけるんだな」  そう捨て台詞を残して店主様が去ろうとすると、 「おい、そこのキツネ!」  と青年が怒鳴りました。 「そこのキツネ、ちょっと待て!」なおも怒鳴ります。 「ぼ、僕が見えているのですか……?」  僕は恐るおそる尋ねました。 「見えてるから話しているんだ。お前、九一堂って知らないか?」 「九一堂は俺の店だ。それを尋ねるお前さんの名は?」  店主様が振り向いて訊くと、青年は眼を輝かせて名乗りました。 「俺は市村 鉄之助(いちむら てつのすけ)。元新撰組副長、土方歳三附属の隊士だ」
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