第一章「遺された心」二話「マトリの九一」

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第一章「遺された心」二話「マトリの九一」

「ちょっと九一さん、昔の女が復讐に来たよ!」 「慌てるなアオネ」  こんな事態に慣れているのか、店主様はいたって平然としています。 「マトリの九一さんですよね?」  女の人が重ねて訊きました。まじろぎもせず、店主様に狙いをさだめています。  その女の人は、紅花のようでした。紅緋色の着物で、朱塗りの短刀を帯に差しています。でも、崩した帯の結びから、武家の女の人には見えません。  瓜実顔に愛嬌のある涼しい眼をした顔が、悲しいほど強ばっています。その瞳の奥には、着物と同じ紅色が燃えていました。 「ちょっとお姐さん。マトリは魂を取られるほどの写眞だから、マトリの九一と呼ばれているんですよ。 そこから徴兵令の兵隊さんが、命を魔に取られないという語呂から、魔除けとして写眞を撮るのが評判になったのさ」 「それは表のマトリ……わたしの依頼は、裏のマトリでございます」 アオネさんが説明しますが、女の人は店主様を見据えたままです。 「お門違いだな。どこで聞いたか知らないが、俺はまっとうな写眞師だぜ」 「とぼけないでください。後生だと思ってお願いできませんか」 「困ったご新造(しんぞ)さんだ」  店主様が口角を上げて苦笑しました。
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