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第1章 朝礼
プロローグ
だるい体を無理やりに起こした。朝7時、二日酔いの体に鞭を打つ。
頭がボーッとしているがまだ金曜日だ。休みではない前日に缶ビールを浴びるほど飲んだのは勤務先の鹿賀建設の若造に偉そうな口をきかれたからだった。確かに一番社歴は下だが、人生経験、業界経験ともに格下の小僧になめた口をきかれた。その場では愛想笑いをしてごまかしたが、6畳一間のボロアパートに戻ってすぐに壁に一撃お見舞いし拳が石膏ボードを突き破った。ずいぶん痩せたがそれでも80キロはある巨体は伊達ではない。以前浜田サッシ卸工業の社長をしていた時は40キロはあるスチールドアを抱えて一人で運搬したこともあった。
ーー俺を誰だと思ってんだ。あの『燃える闘牛』と恐れられた浜田栄一だぞ。愚痴を吐き出しながら一人酒を煽る姿はひどく惨めなものだった。会社を倒産させてからは修羅場だった。いくつもの債権者からの取り立てがきつく夜逃げ同然に飛び出した。
女房と子供ともうまくいかなくなり別れた。まさに無一文になった浜田はやっとの思いでたどり着いたのがこの八王子の小さな工務店だった。最近の若造は我慢が足りないとこの鹿賀建設に入って思った。自分が社長だったらここにいる若造たちなぞ半殺しだろう。なめた言葉づかい。少し上司に小言を言われればすぐにすねてしまうところ。浜田はふとあたらしい会社に託したあの男を思い出した。今は無事にやっているだろうか?しかしすぐに頭を横に振った。疑問に思うことこそ愚の骨頂だ。浜田は苦笑した。あいつなら大丈夫だ。そう確信していた。俺のしごきに耐えられたのは後にも先にもあいつしかいなかった。本人には伝えていないがもし倒産させていなければ会社の後継ぎはあいつしかいなかった。娘しかいない浜田は真剣に考えていた。倒産で全ての歯車が狂った。だが、だから何だ。人生いろいろあって当たり前。楽しくてしょうがねえ。ニヤリとした。すぐにでも人生の階段を一足飛びに駆け上がりのし上がってやる。俺には人に使われる身分は似合わねえ。
もう行こう。会社に一番について新人の仕事であるトイレ掃除をしなければならない。50才をすぎてトイレ掃除かと思ったが贅沢は言えない。大家にもボードの張替えを頼まなければならない。浜田は重い腰を上げた。
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