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事務所を出る引戸に手を掛けた。締め終わる前に事務の川崎に呼び止められた。
「桜井さん、この発注伝票、住所がないので手配出来ません」
川崎が右手に持っている伝票をヒラヒラとさせた。
こんな時にかぎって。
タイミングが悪い。林田建築市川邸の幅木の単品発注だが建築中の現場の追加のため入力を忘れた。今日発注しないと来週の月曜日搬入に間に合わない。壁の時計を見ると発注時間の締めまではあと30分を切っていた。
「すみません、前の伝票見て調べてもらえませんか?」
機嫌を損なわないように丁寧に答えた。事務員の存在はこの支店では黒澤の次に大きい。言いながらも左手の腕時計の針が時限爆弾のように時を刻んでいる。
「おい、桜井。会社のルールを破るんじゃねえ、首にするぞ」
奥で二人のやりとりをみていた黒澤の声が響き渡った。こちらの声が聞こえていたらしい。
くそっ。武が悪かった。
諦め、急いで伝票を記入して外に出た。営業車の前にはフォークリフトが鎮座してあり、車を出そうにも出せなかった。
ソウケンの事務所は狭いため営業車と搬入のためのトラックが同じ敷地内にあった。車の出入りが重なる場合は一度トラックをどかしてもらう必要があった。
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