第1章 朝礼

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午前8時半『株式会社ソウケン』の朝礼が始まった。倉庫内に響きわたるほどの大声で喋りながら支店長の黒澤がつま先だちのように踵を上げた。ただでさえ180センチある長身をさらに上げるのは黒澤のいつもの癖だった。高級なシャツを見せびらかせたいのかいつも長袖を着込んでいる。5月の陽光とは対照的に倉庫内の体感温度は身を切る寒さだった。 支店長という権力を持って部下を見下すのはどれだけの恍惚をもたらすのか。いまだ平社員の桜井省吾には全く想像が出来なかった。身長が165センチにして体重60キロというメタボ体形の腹は大きく前にせりだしている。腹が重く猫背になり朝礼で立っている間、普段はどうしてもまっすぐの姿勢を保てなかった。しかし今日ばかりはそういうわけにはいかなかった。反省の弁を述べる者としてふさわしくなるよう腹筋と尻、内股に力を入れた。 「このように先月も未達。今月も売上が大変厳しい状況です。連続未達にするわけには絶対にいかない。営業メンバーには自分の目標数字は責任を持って100%達成してもらう。これは営業マンの義務だ。達成出来ないやつはこの支店にいる資格がない。周りのメンバーも達成させるために本人に詰めること。それが本人のためにもなるんだ。数字という責任を逃れようとする無責任なやつを絶対に許すな。私からは以上です。誰か連絡あるやついるか?」 黒澤が目配せで合図をした。 呼応するように右手を挙げ、おずおずとみんなの前に出た。営業、業務、事務と合わせて15名の支店のメンバーの視線が突き刺さった。事務メンバーには若い女性もいる。。『無責任なやつ』が何を言おうとしているのか。好奇心で見つめる者、早く朝礼を終わらせたくてイラついている者、憐れみの目で見てくる者。冷淡な目が疑いを持って襲いかかった
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