第1章 朝礼

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黒澤の意地悪な声が響き渡った。 女性事務員がこらえきれずクスクスと笑った。自分の成績が悪いのを罵倒されるのは納得できた。しかし、社員全員の前で晒し者とされ、まるで支店全体のガン細胞のように扱われるやり口は卑怯じゃないのか。悔しくて噛み締めた奥歯がギリギリと鳴った。昨日、黒澤に先月に続く売上不振と発注ミスの報告をした。サッシのガラスの種類を間違えたのだ。損害額は25000円営業メンバーが居並ぶ場所で叱責を受けた。散々罵声と怒号を浴びせても怒りが収まらず、明日の朝礼で社員全員の前で丁重に謝罪するように命令されていた。そして、文言には必ず自分の職務怠慢という言葉を入れること。最悪の1日のスタートだった。〈根性だけはあるな〉桜井にとっての最大の賛辞を贈ってくれた浜田サッシ卸工業のあの人の声が脳にこだました。忘れるな。あの地獄の日々を乗り越えてきた事を。忍耐と努力と根性で一から這い上がって来た過去を無駄にするのかーー。黒澤になりふりかまわず向かっていきそうになった自分を制した。次の日、憂鬱な気持ちで普段より30分早く布団から這い出した。朝7時に出社した。まず外の落ち葉や自動販売機横にだれかが投げ捨てたゴミを拾った。外と倉庫内を竹ぼうきと塵取りで綺麗にした。つづいてトイレ掃除、事務所内の机拭きをして最後に事務所内のカーペットに掃除機をかけた。 中年のオヤジが朝から 掃除に精を出している姿は誰が見ても滑稽だった。あとから来た同僚はまるで当然のように桜井が丹念にブラシをかけ綺麗になった便器周辺に尿を飛散させた 頭痛が止まらないほどの憂鬱の原因は加えて今日が魔の金曜日だったからである。週一で実施される定例の営業会議。数字の足りない営業マンはいやおう無しに標的にされる。やっと掃除を終えた桜井は今月の数字の確認を念入りにした。しかし、200万はゆうにたりない。あと10日あまりでどうすればいいのか。帳票を見ながらさらに暗い気分になった。無情にも会議室の古びた掛け時計が9時を告げた。会議が始まった。 トップバッターの報告を命じられていた。今月数字は725万です。内訳と見積もり物件を報告します。 工務店都合の工期遅れ、相見積もり、失注、値段が高いなどありとあらゆる言い訳をした。だれか一人でも同情してくれる人がいればという淡い期待はすぐにうち砕かれる事となった。発表の後に先輩や同僚からコメントが入ることになっていた。
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