第1章 朝礼

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横目で黒澤を見た。今までのやりとりを黒澤は口を挟むことなくじっと聞き入っていた。手元に配られている桜井の営業資料に大きく何かを書きなぐっているようだった。 いつ黒澤の怒りが頂点になるかわからなかった。お願いだ。詰めはここまでにしてくれ。最後の矢部に希望を託した。 これ以上俺をつめて何になる。問いたかった。『本人のためになる』 黒澤の言った言葉はただのいじめのための大義名分ではないのか。本当に本人のためを思うならまずは本人のモチベーションを上げさせるのが第一。そうすれば自然に売上げはついてくる。そうではないのか。俺のモチベーションは下がり続けている。目的が売上げ達成だとしたら逆効果。そういいたかった。いや違う。これこそが黒澤が本当に望んでいること。相手をじわりじわりと追い詰め弱らせていく。これが黒澤のやり方だった。 桜井の弱っている様子など全く意に介していない矢部が流暢に話し出す。 「桜井さん、資料で今月の追跡物件になっているもので本当に今月詰められるものがいくつあるんですか?資料を整理してから会議に望んでください。このやりとりが時間の無駄です」 矢部年はふたつ下。パソコンなどの資料作成に定評がある理系タイプだった。資料作成にはぬかりがなく不備があれば容赦なく詰めて来た。上司への根回しもうまい。黙って小さく首を縦に振るしかなかった。淡い期待が大きな落胆に変わった。
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