一章

5/9
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 アイはテーブルを拭き終えると、残ったコーヒーにホットミルクをたっぷりと入れて陽芽子に手渡した。アイは陽芽子を抱え上げ、そこから少し離れたカウンターに座らせた。見た目より力があるようだ。  店の中央には大人数用のソファとローテーブルがあり、接客用の茶菓子がすでに盛られている。まじまじと店を眺めながら陽芽子が一口コーヒーをすすると、皿洗いをするルイと目が合った。陽芽子では床に足が届かず、咄嗟に逃げられないこんな高い椅子は居心地が悪い。 「ボスと話すまでいさせておいてあげるわよ。アタシ、子供ってキライなのよね」 「……ありがとうございます。その方はいつ頃いらっしゃいますか?」 「もう間もなくね」  ぴっと水を指先ではじく。同時に陽芽子も入ってきた入り口の扉が開いた。入ってきた二人の内一人は、長身にスラッとした体躯、黒いジャケットに黒いパンツと、真っ黒な出で立ち。同じく黒い髪は前髪が長く、眼鏡を覆うほどだ。  よく見れば眼鏡の縁も黒いが、その奥に見える二重で切れ長の目と、整った鼻筋が目を惹く。十人が十人うなづくようないい男がそこにいた。なぜ隠すのか伺いたいほど。形のいいうすい唇は少し微笑めば女性を虜にしそうなものなのに。 「あら、どなたかしら」  長身の後ろから店内をのぞいたのは五十歳程の着物の麗人だった。熟女と称するには失礼なほど、若かりし頃の美しさや気品を残している。濃茶のごとくしっとりとした緑色の着物は高級感にあふれ、合わせられた金糸の美しい帯は目の肥えている陽芽子だからその価値がわかる。この界隈でこれほどのものを着ているのは、経営者か水商売の中でもトップの人、裏の世界の人間か。 『ボス』がこの人だとすぐにわかった。この人なら情報を持っていそうだ。陽芽子はイスから飛び降り、一礼した。 「六条院陽芽子と申します。無礼を承知で参りました。人を探しているのです。ここの関係者だということだけが手がかりなのです」  年上にも臆すことなく、淡々と話す陽芽子に、ボスはくすりと笑ってうなずいた。小さく幼い体で大人びた口調で話すのがおかしかったようだが、次に口にした名前ではっとしたのがわかった。 「六条院陽一という男性を探しています。わたしの叔父です」  ボスはルイ、アイ、そしてもう一人の美青年に目を合わせると、店の壁掛け時計をさっと見た。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!