一章

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 頭を下げた陽芽子の頭上にかかったのは、ボスの一言だった。 「ある理由っていうのは、なにかしら」  ボスの表情はにっこりとやさしい。目尻に寄るしわがやっとのことで年齢を感じさせるが、やはりどの表情も美しかった。陽芽子は誘われるように理由をこぼしそうになったが、あわてて口を引き結んだ。 「私は家の内部でのことを大声で話す恥さらしではありません。しかし、理由を話さないまま情報をいただけるとは思っていません。ただ、謝礼なら……」 「あなた自身が汗水たらしたお金じゃないのなら、そういうものを謝礼とは言いませんわ」  紅のついた口角が、きゅう、と半月を描いた。妙齢の色香というものが未成年の少女に効果があるかといえばそうではないが、ボスと呼ばれるだけある存在感のある佇まいが、突き放されていると気づかない内に、陽芽子をやさしく遠ざけてくる。  幼いあなたの来る場所ではない、と言うかのような圧力が、陽芽子を口ごもらせた。 「ボス、つめたァい。カワイイ子の頼みなんだからァ、いいじゃない」  アイが口をはさんだ。ボスの剥き出しの圧力には慣れているのか、その軽い口調が空気を和らげる。ずっと口を閉じていた美青年が、やっと口を開いた。 「けいさつ……」 ボソリと呟かれた言葉はそれだけで、陽芽子も眉を寄せた。意図を汲み取ろうとしてみても、目も合わない上に目がどこかもわからないので、会話が続きそうになかった。 「ハッカーみたいなことしてグレーゾーンにいるの、この中で一人だけじゃん。ボクたち、パソコンオタクとは関係ないもォん」 「……っ」 「ア、ムカツくゥ!」  美青年はルイをはさんでアイをペチ、と叩くと、三倍にして返されている。ルイはしびれを切らして二人をたしなめた。 「やめなさいアンタたち……まぁね、アタシだってスカート履いてるってだけで職質してくるやつら、気に食わないわよ」  ルイはそう言ってふんぞり返った。スパンコールのドレスが平らで分厚い胸板を強調させる。職務質問されるのがルイのせいだとは、誰も言わなかった。 「でも……っ」  陽芽子が食い下がろうとしても、四人はすでにどこ吹く風と聞き流してしまいそうだった。ボスは息をついて、これ以上聞けないと手を振った。 「申し訳ないけれど、隠し事されたままじゃ何も話すことはないわ」 「そうよね、骨を断ちたいなら自分の肉を切らなきゃ」
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