第3章 裏切り者のカルテット

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 東京郊外にあるその白い外壁のマンションは、11月の寒空にその身を押し潰されるようにしてそびえていた。  グリーンレジデンス藤原。5階建て。小さな駐車場と駐輪場がある以外には別段、変わったところはない。木の1本も植えられていないが“緑の邸宅”などというたいそうな名前を冠したひとり暮らし用のワンルームマンションが東京での神楽坂愛里の生活の場だった。  背の高いビル群が支配する東京の中央からは少し外れたこの地には閑静な住宅街の中にこうした無個性なマンションがポツポツと建っている。国の規定では、アパートとマンションの区別は明確には為されていない。全て不動産業者のだいたいの線引きによって決められている。例えば、木造、プレハブ造、軽量鉄骨造の建屋はアパート、鉄骨鉄筋コンクリート造であればマンションというのが一般的な分類だ。  果たして愛里の暮らしているグリーンレジデンスは鉄筋コンクリート製で、遮音性や密閉性も高いマンションであった。  賃貸料は月5.5万円。水道代や光熱費は別払い。愛里は学費免除のうえ、返済不要の奨学金を貰っているため、生活が苦しいわけではない。食費は自分で作れば浮かせられるし、そもそもこの部屋には寝に帰ってきているだけなので、たいして光熱費もかからない。それでも裕福な暮らしができているわけではないが。  愛里が親元を飛び出して早4年半が経った。  お盆と正月にたまに実家に帰ったことはあったが、どうにも居心地が悪く、実家に戻った2日後には東京に帰ってきてしまい、家族ときちんと触れ合っていたのはだいぶ昔のことに思えた。それにここ数年は、忙しさにかまけて正月ですら実家に帰省していなかった。  “ノーベル賞を取る”――あのとき抱いた野望にはまだ手も届いていない。  東京で暮らすのは最初は大学の4年間だけのはずだった。だが、そもそも愛里にはその言いつけを守る気はなかった。親の仕送りがなくなれば、自分で手に入れたお金で大学院に通うと決めていた。  きっと、実家の両親や親族は怒っているだろう。悲しんでいるだろう。寂しがっているだろう。  それなのに……。  ピンポーン。  ふいに玄関のチャイムが鳴らされる。インターホンを確認すれば、度々この部屋を訪れる宅配業者の顔がモニターに映っていた。 『お届け物です』 「あ、はい。今行きます」
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