第3章 裏切り者のカルテット

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「さあ、どうでしょう。親は私が農家の嫁になることを望んでいましたよ。ことあるごとに圭太と結婚しろ、圭太と結婚しろってうるさくって」  それを聞いた颯太の体がピクリと跳ねた。 「圭太?」 「ああ、実家の幼馴染みたいなものです。2ケタの掛け算もできないような方でしたけど」  愛里はため息をついた。 「それは神楽坂さんとは釣り合いませんね!」 「え? は、まあ……」  突然、颯太が大きな声でそんなことを言ったために愛里は戸惑う。颯太がムキになる様子を見て笹島は忍び笑いを漏らしている。 「まあ、そんなことはいいんです。期待されていようとなかろうと、私は目の前の課題に取り組むだけですから」  愛里はタバスコの瓶のキャップを開け、湯気を上げるパスタへと赤い汁をポツポツと降らせていく。最初から赤かったパスタがさらに深い赤に彩られていく。 「神楽坂さん辛いの好きなんですね」 「まあ、嫌いではないです。それにトウガラシに含まれるカプサイシンはポリフェノールの一種で抗酸化能がありますからね。摂るに越したことはないでしょう」 「あはは、神楽坂さんらしいです……」  そう言ってパスタをパクついていた愛里の動きが止まった。 「……」 「どうしました?」 「……辛い」  どうやらタバスコをかけすぎたようだった。顔を真っ赤にして水道へと走る愛里を颯太は笑って見ている。  丁寧で、真面目で、論理的で、洞察力や行動力に溢れている愛里だが、こうして見せる素の表情に颯太は心が癒される。芯の通ったとても強い女性に思われているが、颯太は知っていた。彼女にも弱さがあり、落ち込むことがあり、涙を流すこともあるのだと。  もっと知りたい。  愛里のことを。  颯太は水を飲む愛里を眺めながらそんなことを考えていた。  そのときだった。 「失礼しまーす」  研究室の扉がノックされ、野太い男性の声が研究室内に響いた。かなり大きな声だ。  研究室には最新機器のチラシを持ったセールスマンや注文した品を届けてくれる仲介業者がよく訪れる。今の声の主もきっとそうだろうと颯太は思っていた。  お茶室から出て、来客者を確認する。 「ん?」  普段、研究室に来る者はスーツ姿だったり作業着だったりが通常だが、目の前でにこやかに笑っている色黒の男性はすすけたウィンドブレーカーに薄汚れたスニーカー。歳も颯太とそう変わらないように見えた。
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