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退院後、しばらくして私達親子は東京からほど遠い、茨城県の筑波ふれあい牧場へ向かった。牛の鳴き声。鶏の鳴き声。牧場の空気は緑にあふれていて、私は芝生に大の字に寝転び、空を見上げた。
成実を抱くのは決まって有香だった。ピンク色のベビー服を着ている成実は有香の腕の中でスヤスヤ眠っていた。私は有香に手を合わせてお願いした。成実を抱かせてくれと。有香は成実を溺愛するあまりに他人にも友人にも抱かせない。挙げ句の果てにはその父親である私にも抱かせない。だが、その時は違っていた。
「起こさないでよ」
有香の言葉から、成実の小さな身体は私の腕へと移った。幸福感が私を包んだ。幸せ。それ以外の言葉は思いつかない。私と有香は筑波ふれあい牧場で二人の出逢った頃のことを話した。そして、これから成実がどんな子に育つのかを想像しては笑い合ったものだ。
いつかはこんな日がくる。有香と離れることを決めたのは私の方からだった。有香は断固として拒否したが、もはや私にはそれしかない。選択を選ばざるおえない。どちらにしろ、有香を失うことは明白な事実だった。でも、勘違いしないでほしい。私は有香を愛している。有香も私を愛していた。お互い愛し合っていた。そして何よりも成実を愛していた。
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