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今ここにいるのは、確かに一人。人形のように美しい手足、それとは対照的に巨大なリュックを背負っている小柄な少女が、黒い絨毯の上を歩んでいるだけだ。けれども、その彼女が口を開いた様子もない。
続けて。先程と同じ声が、歩む少女の隣から放たれた。
「何かの建物……、に見えますけど。人が住んでいる気配が無いですね。ここに住んでた人たちは、どこに行ったんでしょうか?」
誰かの声が反響して鳴った。それに対して、少女はただ無言でひたすらに足を進めていく。その表情は無表情で眠たげでもあり、悩んでいるようにも窺える。彼女は声に応える様子も無く、届く音を聞き入れる。
「ねえ、トウ。聞いてますか?」
「……―」
「え?」
無言で進んでいた少女が、はたと足を止める。訊き返すその声に、絞り出すように少女は口を動かした。
「……暑い。なに、この国……」
トウ、と。そう呼ばれた少女が視線を空へ、睨むように投げた。
とにかく無表情を崩さないその顔からは、何一つとして感じ取れない。感情も、想いも。
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