第1章

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 抜けるような秋晴れの日、私は裏門から帰ることにした。  昇降口を出てそのまま真っ直ぐ進めば正門があるところを、わざわざ遠回りして裏庭から帰ろうと思ったのだ。正門の前は入学式や卒業式で栄えるからか桜が数本植えられているが、今は秋風にさらわれて葉もほとんど残っていない。見ているだけで寒くなってきそうで、今朝もなんだか気が滅入ってしまった。しかし、裏庭に植えられた銀杏の樹なら色とりどりの葉がまだいくらか残っているかもしれない。黄色や赤色の葉を見れば、日に日に寒くなってくる世界にもいくらかの温かみが生まれるはずだ。  少し形の悪くなったローファーに足を通し、身を縮こませながら家路につく生徒達とは逆方向に私は歩を進めていく。運動部の部室という名の物置が並んだ一画を抜ける頃には人の姿は見えなくなり、足元にはらはらと紅葉した銀杏の葉が散り始める。正門前とは違って舗装もされていない白土の庭は荒れ放題で、用務員も誰も来ないと高をくくっているのか雑草が生えているところも少なくない。こんなところだったか、と私は少し残念な気分で、それでも足元を覆うきれいな銀杏の葉を眺めながらゆっくりと歩いていた。  春は銀杏の実がたくさん落ちていて、踏んでしまうと臭いがついてしまうからと誰も近寄りたがらない場所だが、秋になる頃もすっかりみんなの記憶からは消えてしまっていて、誰もここには近寄らないようだった。  私は足元から前へと視線を移す。  絨毯のように敷き詰められた秋色の葉に寄り添うように銀杏の樹が並んでいる。この世界を独り占めにできるような気がして、私は目を開いたまま大きく息を吸い込んだ。 「きれい」  零れた感想はあまりにも単純で。でもそれ以上の言葉が思いつかなかった。  やっぱりこっちから帰って正解だったな。いますぐ道に寝転がりたい衝動を抑えて、私は紅葉の絨毯に一歩を踏み出す。  一歩目を踏んだ瞬間に、どこかから何か擦れるような音がした。二度、三度。四度目を聞いて、私はそれが竹箒で地面を掃いている音だと気がついた。誰もいなかったはずなのに。掃除時間なんてとっくに過ぎているし、そもそも裏庭は生徒たちの掃除場所に含まれていただろうか?  私は怖くなって辺りを見回してみる。  左、右。  後ろ。恐怖を振り切って今来た道を振り返ると、そこには。
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