第1章

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「あれ、珍しいね。こんなところに人がいるなんて」  竹箒を持った女の子が銀杏の葉を集めながら歩いていた。  私と同じ制服姿。少し赤みが駆ったショートカット。セーターを羽織ってはいるが、マフラーも手袋もなしで少し寒そうに見える。私は寒がりな方だからそう思えるのかもしれないが。 「何してるんですか?」  誰が見ても掃除をしているようにしか見えない女の子に私は思わず問いかける。もう少しいい話題はなかったか、と言った側から恥ずかしくなってきた。 「ん? 秋の一大イベントだよ」 「イベン、ト?」  しかし彼女から帰ってきた言葉は私が予想していたものではなかった。 「そりゃ秋のイベントといったら落ち葉焚き。それからコレでしょ!」  ふわふわのセーターに隠れて見えなかったスカートのポケットから彼女は二つの銀色の固まりを取り出した。それがアルミホイルに包まれたサツマイモだと気付くのに数秒はかかったと思う。そのくらいこの場所とは似つかわしくない物だった。 「でも校内で火なんておこしちゃダメなんじゃ」 「平気平気。バレなきゃいいんだからさ」  そう言って太陽のように笑った彼女は竹箒で掃き固めた紅葉の山の前に屈みこむ。 「二つあるから一つあげるよ。口止め料ね」 「そんな。私、誰にも言いませんよ」 「いいのいいの。さすがに一人でやるの寂しいと思ってたんだ」  ちょっと待ってて、と彼女は紅葉の山を置いてどこかへ走っていくと、すぐにバケツを抱えて帰ってきた。 「ほら、消火用の水も用意したし、片付けようにちりとりも持ってきた。さっさと焼いて証拠隠滅。完璧でしょ?」  思わず私は笑ってしまう。きっと入念な下見と準備を整えて今日を決行日に選んだのだろう。それなのに私の気まぐれでほとんど人が来ないはずの裏庭に人が入り込んでしまったのだ。幸い同じ学校の生徒だったから仲間に加えてしまおうというのだろう。  確かに最近は寒くてどこか寂しい気持ちもあった。二人並んで焚き火に当たれば心まで温かくなってくるかもしれない。 「それじゃ始めますか」  細長く丸めた新聞紙に彼女はマッチを擦って火をつける。じわじわと燃え上がる火が銀杏の葉をいっそう赤く色づけていく。 「あったかい」  大きくなる火に手をかざして、私は呟いた。どうしてだろう? なんでもないただの焚き火なのに心の奥にまで届くような温かさがするのは。
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