第1章

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 だからこそ、脇目もふらず一流芸人を目指して必死になって走り続け、限界を超えた危険にもひるむことなく立ち向かう、そんな若手芸人達を大事に育ててやりたいと彼は思うのだ。  彼のその気持ちを知ってか知らずか、彼の元にはいつも若手芸人だけでなく番組スタッフも自然に集まってくる。彼が一人でいるところを見た者は一人としていないだろう。 「長い時間お疲れ様。おかげでええ仕事できたわ。あとは編集まで頑張ってや、期待してるで。それから、できるだけ若いもんの出演時間を長したって。」  KENJIはプロデューサーの肩をポンと叩きながら、今日一日共に働けた礼を述べた。 「はい、こちらこそお疲れ様です。また来年やりましょう。」 「おう。スポンサーにしっかり根回し頼むで。」 「そんな事しなくてもKENJIさんなら問題ないですって。」 「おっ、嬉しい事言うてくれるやないか。落ち着いたらゆっくり打ち上げやろうで。ま、こんな業界やから落ち着く事なんかないやろうけどな。また連絡くれや。ほな。」  KENJIは後ろを振り返ることなく、自分の背中を見送っているであろうプロデューサーに軽く手を振って、そのまま廊下を歩き進んだ。きっと今の俺は最高にかっこ良く映っているに違いない、と自己陶酔しながら楽屋に向かった。芸人だって本音はかっこ良くありたいのだ。  隣について歩いているマネージャーの小暮久志とふと目が合った。彼はKENJIに比べ頭一つ背が高い。体格も二人が出会った当初に比べると、最近の忙しさのせいで少しばかり痩せてしまったが、それでも高校、大学と7年間もラグビーで鍛え上げられたので、同年代のそれに比べると遥かにがっしりしている。この小暮の存在は、マネージャーとしてだけでなく、屈強なボディガードとしても大きな存在意義がある。 「このあとの予定はどうなってたっけ?何や忙しすぎて目が回ってきた。しばらく寝てもええやろ。」  KENJIは仕事の後のいつもの決まり文句を笑いながら小暮に言った。 「まだまだこれからです。人生最後の三分の一はゆっくり眠ってもらっても良いですから、今は寝ずに頑張りましょう。」  小暮も笑い返しながら言った。この二人のやり取りは長年の決まり事になっている。仕事を終えた後、この決まり文句を言い合うことによって、現状に絶対に溺れることなく常に前に突き進んでいくぞ、と二人の間で意志確認をしているのだ。 「お待たせ。ほな行こか。」
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